⑦ 海の酸性化とプランクトンの未来
地球温暖化に伴い、海洋が吸収する二酸化炭素(CO₂)の量は増加しています。これは一見、気候変動の緩和に貢献しているように思えますが、実際には海洋環境に深刻な影響を及ぼしています。海水に溶け込んだCO₂は炭酸を形成し、海のpHを下げる「海洋酸性化」を引き起こします。この変化は、海洋生態系の基盤であるプランクトンにとって、見過ごせない脅威となっています。
プランクトンは、植物プランクトンと動物プランクトンに大別されます。植物プランクトンは光合成によってCO₂を吸収し、酸素を放出する存在であり、地球全体の酸素の約半分を供給しています。一方、動物プランクトンは植物プランクトンを食べることでエネルギーを得て、魚類や大型海洋生物の餌となります。つまり、プランクトンは海洋食物網の出発点であり、地球規模の炭素循環にも関与する重要な存在です。
しかし、海洋酸性化によってこの基盤が揺らぎ始めています。特に影響を受けるのは、石灰質の殻を持つプランクトンです。たとえば、円石藻(コッコリソフォア)や有孔虫などは、炭酸カルシウムでできた殻を形成しますが、酸性化によってこの殻が溶けやすくなり、成長や生存に支障をきたします。殻が弱まれば、捕食者から身を守ることが難しくなり、個体数の減少につながります。
さらに、酸性化はプランクトンの代謝や繁殖にも影響を与える可能性があります。植物プランクトンの中には、CO₂濃度の上昇によって光合成が促進される種もありますが、それが必ずしも生態系全体にとって良い結果をもたらすとは限りません。特定の種が異常に増殖することで、他の種が淘汰され、生物多様性が損なわれる恐れがあります。これは「群集構造の変化」と呼ばれ、食物網のバランスを崩す要因となります。
また、プランクトンの変化は、海洋の炭素吸収能力にも影響を及ぼします。植物プランクトンが死ぬと、その一部は海底に沈み、炭素を深海に封じ込める「生物ポンプ」として機能します。しかし、酸性化によってプランクトンの種類や量が変化すれば、このポンプの効率が低下し、結果的に大気中のCO₂濃度がさらに上昇するという悪循環が生まれかねません。
日本近海でも、こうした影響は無縁ではありません。日本海や太平洋沿岸には多様なプランクトン群集が存在し、漁業資源の基盤を支えています。酸性化が進めば、イカやサバ、アジなどの魚類の餌となる動物プランクトンが減少し、漁獲量の低下や生態系の変化を招く可能性があります。これは、食文化や地域経済にも波及する深刻な問題です。
では、私たちはこの問題にどう向き合えばよいのでしょうか。まず重要なのは、CO₂排出の削減です。再生可能エネルギーの導入や省エネの推進は、海洋酸性化の進行を緩やかにする手段となります。また、海洋モニタリングの強化によって、プランクトンの変化を早期に察知し、対策を講じることも可能です。さらに、教育や科学コミュニケーションを通じて、海洋酸性化の影響を広く社会に伝えることが、持続可能な海洋利用への第一歩となります。
プランクトンは目に見えない存在ですが、地球の呼吸を支える「小さな巨人」です。その未来を守ることは、私たち自身の未来を守ることにほかなりません。海の変化に耳を傾け、科学と共に歩む姿勢が、今まさに求められています。

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